枚方市

作業員は、僕が足を病み枚方市 トイレつまりとなる、そうして、義足で一人歩きができるようになるのを待ってやうやく心の底を告げた。作業員は退院してからの僕に、「僕はあのとき、どうしようかと思ったよ、」と言っていたが、あのときというのは、作業員が留別の句を僕に示していたときのことで、作業員は僕に先きに死なれたらどうしようと思ったと言うのであった。自殺の決意水漏れ十五年四月十五日、日曜日、八日は晴れ、九日は強風、十日が雨、十一日は暗かった。その四月十五日から数えると一年と三ヶ月ほどたって、大勢の人達が棺の前で焼香をしていたところが、「力も根も尽きはてた、」とうなだれた作業員の座っていた場所である。「こういうことを言っていいものだらうか、」「人にこういうことを言うべきものではない。が、言っていいだらうか。」こう切りだす前に、作業員は寝床の上に起きなおってその細い腕をだしてみせてから、裾までまくって痩せこけてしまってる内股をしめすと、「これだから僕ももうながいことはないよ、」と撫でさすりながら皮ばかりのような肉を摘まむでそう言っていた。